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オアフ島の歴史

オアフ歴史探訪
やさしく学ぶハワイの歴史/オアフ編


第2回 || ポリネシア人の渡来 [ マカプウ ]

オアフ島最東端に「マカプウ」と呼ばれる岩山があります。ハナウマ湾から東へ、潮の流れの強いサンディービーチを右手に通り過ぎると、前方にゴツゴツした茶色の丘が見えてきます。海に突き出た頂の展望台への遊歩道は、健脚ならふもとから片道20分から30分の距離でしょうか。 「カ イヴィ海峡」を挟んで東隣りのモロカイ島が遥か彼方に見え、空気の澄んでいる日には、その南にラナイ島も重なる様に遠望出来ます。

後ろを振り返って西のコオラウ山脈の方角に目を移すと、島の北東側の海岸が一望出来ます。山脈の南西側にあたるダイアモンドヘッドやワイキキの方面は快晴。それなのに尾根の北東側には灰色の雲が厚く重なり、覆い被さる様に山肌に迫っていきます。 ハワイ諸島は北緯20度前後の貿易風地帯に位置する島々です。北東から吹いてくる貿易風(トレードウインド)が島に到達して山にさえぎられ、上昇気流が起こり、厚い雲となって山中に雨を降らせ、風下にあたる山脈の南西側の海岸に乾いた心地良い風となって下っていく様子を見る事が出来ます。
「コオラウ」とは元々ハワイ語で「風上」を指す言葉です。島の風上にあたる北東海岸は、シーライフ パークを経て、ワイマナロ、カイルア、そしてポリネシア文化センターの在るライエからオアフ島の最北端カフク岬へと続いています。 現在は主に畑や牧場に使われているこの地域ですが、ポリネシア人が来島した頃は、山中にはオヒアの木や大きな羊歯に覆われた森が続き、豊富な水量の川が海に流れ込むあたりはハラの木(パンダナス)や椰子の木で覆われ、人々にとって住み易い環境だったと考えられます。

さて、南半球のポリネシアの島々からハワイ諸島に人々が移り住んできたのは、いつ頃だったのでしょうか。ポリネシア考古学の研究者によると、紀元後600年頃までにマルケサス諸島からハワイへの移住があったとの説が有力です。ハワイの島々への到達は、それぞれの島の東側から始まりました。オアフに最初に人々が居住したのもコオラウ山脈の北東側海岸、つまり貿易風の風上地帯であったと考えられています。 その後、大規模な移住があったのは、紀元後千年から千三百年頃、タヒチ周辺の島々からの渡来でした。片道4000キロの海上を一ヶ月程かけての双胴船での航海。星座をたよりにハワイの緯度を見つけ出し、その緯度に達した後は風に流されて、風下にある島を見つけると云う航法でしたので、東側から島を見つけて上陸した事が容易に理解出来ます。

島の北東部に人々が住み着いたのは、大海原を渡ってきたカヌーが貿易風を利用して東側から島を発見したからばかりではなく、生活に欠かせない水と食料確保に適していたからでしょう。風で運ばれて来た雲が山にぶつかり雨を降らせ、その清らかな水が滝を作り、清流となって海に流れ込んでいく谷間が、彼らにとって生活を営むのに適した土地でした。川から清水を引き込み、カロ(タロイモ)を育て、海に出て魚を取り、海岸には養魚場としての池を作りました。

ワイマナロにベローズと云う空軍基地があり、その砂丘地帯からはポリネシア人来島初期に使用されていたとみられる手斧(ちょうな)や釣り針、火を起こした穴の跡等が発掘されています。


東側から見たマカプウ岬。
後方にオアフ島北東海岸が遠望できる。
因みに、マルケサスからの移住はそれ程大人数のものではなかった様です。ハワイの文化は、後から到来したタヒチからの文化が基になって出来ていると云われています。ハワイを統一して王国を作り上げたカメハメハ大王は、タヒチの神官「パーアオ」から数えて二十八代目と言い伝えられており、ハワイアンの祖先がタヒチから来た事を示す伝承の一つです。

コオラウ山脈の尾根の両側が見渡せるマカプウ。「カ イヴィ シーニック ショアライン」と呼ばれるハイキングコースには、最近駐車場も完備されて行き易くなりました。急坂ではありますが遊歩道も完備され、展望台からは、釣り船や輸送船、他島に物資を運ぶ艀ののんびりとした光景も楽しめます。 駐車場に通じる車道の門が開く前から、日の出を見ようと道路脇に車を止めて、まだ月下美人の花も開いている早朝に、この丘に登る人も多い様です。頂には、心地良い貿易風が東の海の彼方から吹いてきて、灯台の遥か下の岩肌に激しくぶつかる波しぶきの音が風の音に混ざってかすかに聞こえてきます。 オアフ島の一番風上に位置する頂き「マカプウ」、東の海の彼方から吹いてくる風の音の中に潜んでいる、遥か昔のポリネシア人来島の歴史を感じ取れるのではないでしょうか。


ハワイ語一口メモ
貿易風の心地良いハワイ。ハワイアンの歌詞には「カ マカニ」と云う言葉が良く出てきます。「マカニ」はハワイ語で「風」を意味します。しかし、風には様々な言い回しがあり、どの地域の風かによっても言い方が違います。「ウア」=「雨」も然り。彼らの生活にとって重要な自然現象であったからなのでしょうか。 ポリネシア語の原型ではマカニを「マタンギ」と発音します。現在使われているマオリ語でもマタンギは風を指す言葉です。


浅沼 正和
ビショップ博物館でボランティア ドーセント(案内人)を務め、博物館のメンバー組織の代表機関 "Bishop Museum Association Council" にも参加。ハワイとポリネシアの歴史文化の紹介に力を注いでいる。ハワイ在住通算20年、ハワイ日米協会やアロハフェスティバル等の非営利財団理事も務める。

ビショップ博物館ウェブサイト http://www.bishopmuseum.jp/


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